Author Archives: 牧野 満@柊会HP管理人

 127日に、糟谷東北支部長のもと、仙台のホテル白萩にて、愛知県立半田高等学校 同窓会(柊会)の第4回東北支部「総会・懇親会」が第6回宮城支部「総会・懇親会」を兼ねて開催されました。
 歴史ある半田高校が、中高一貫校となった記念すべき年に、愛知より渡邉校長をお迎えすることができました。
 男性も女性も、ご年配の方から若い方まで参加者は8名で、世代を超えて、少人数ならではの和やかで楽しい、そして有意義なひとときとなりました。母校を偲びながら、啓発に満ちた懇談となりました。
 会の終了後に渡邉校長を東日本大震災の遺構にご案内させて頂きました。

                                  (文責)
                                   柊会 東北支部
                                   幹事 早川公康(42回生)

 令和7年11月26日(水)午後1時半から七中記念館で「法曹と語る会」が開催されました。本会は、愛知県弁護士会半田支部の協力を得て、「弁護士と語る会」から通算して27回目となります。今年度は、弁護士9名、裁判官1名、検察官2名を講師としてお招きし(うち本校卒業生9名)、在校生20名(高校生18名、中学生2名)が参加して行われました。
 前半は5班に分かれて少人数でのグループトーク、後半は全体での座談会です。なぜ法曹を目指したのか、どのような人が法曹に向いているか、「それぞれの職務の内容」や「一日の流れ」、「AI」についてなど、テーマは多岐に渡りましたが生徒からの質問について一つずつ丁寧にお答えをいただきました。「複雑な内容でメンタルに影響が出そうな重い事案の場合の対処はどうしているか」という質問について、複数の講師からご自身の対処法を紹介いただきました。これは法曹の世界に限った話ではなく、聞いた人全員が自分の状況におきかえて参考になったことと思います。
 普段知ることの出来ない法曹の世界に触れて生徒達にとって楽しく実りのある有意義な機会となり、今後の進路選択において大きな参考になったことと思います。

 

令和7年10月3日(金)、「キャリアデー」が開催されました。

 この「キャリアデー」は、文系理系選択を控えている高校1年生を対象に、多様なキャリアの卒業生講師それぞれの半田高校での生活ぶり、現在に至るまでの経験、経歴に接してもらい、「こうでなければ」という枠にとらわれすぎず自分の可能性に気づき柔軟にこれからの進路を考えられる機会とし、進路選択や今後のキャリア形成に活かしてもらいたいとして、今回、初めて開催されたものです。半高38回生の山本恵子さんと竹内千尋さんが中心となって企画され、半田高校進路指導部とタイアップして実現しました。在校生のために何かできることをしたい!という気持ちを持った30回生から64回生までの約40名の卒業生が集いました。

 第1部では体育館で1学年全体を前に講師6名が講演、その後山本さんを中心に講師とテーマトークを展開しました。また第1部の最後には英語落語家の喜餅さん(半高44回生)に落語を披露していただきました。

 第2部では、1年生の各クラスに講師が3~4名入り、第1部とは異なる講師から話を聞きました。

 第1部も第2部も、講師からは高校生当時の文理選択の決め手について、大学選択について、挫折についてなど、本音で話していただきました。質疑応答では、自分の夢では収入が少ない(もうからない)かもしれないが進路選択においてどのように考えればよいか?といった質問など、生徒からも現在抱えている悩みをぶつけてくれました。

 授業後には、七中記念館にて座談会形式の質問会を開催。もう少し講師の話を聞いてみたい生徒達が自由参加で集まってくれました。キャリアデーは高校1年生対象で開催していましたが、この質問会では他の学年の高校生や附属中学校の1年生も参加してくれました。

 生徒からは、「失敗を振り返って糧にすることを忘れないという視点を大切にしたい」、「自分の考えていること以上に世の中はさまざまな選択肢があるように感じた」「直接的にためになることでなくても、いずれ活きる時が来るのかもしれない」「新たな視点をたくさん知ることができた」といった感想をいただきました。

 今回のキャリアデー、生徒の皆さんそれぞれの受け止め方で自分のキャリア形成に役立てていただける貴重な機会になったと思います。参加した約40名の卒業生の皆さんにとっても学年を超えた出会いとなり、限られた短い時間でしたが楽しんでくださっていました。

 



柊会東北支部よりご案内です。

2025年度の柊会東北支部「総会・懇親会」のご案内です。
東北在住の柊会員の親睦・交流を深め、同窓生それぞれの社会生活の充実のために励まし合うことを目的として、2022年度に東北支部が発足(宮城支部は2020年度に発足)し、毎年開催しています。
東北(青森・岩手・秋田・宮城・山形・福島)在住の柊会同窓生の友人知人がいらっしゃいましたら、ぜひ、お伝えいただけると幸いです。

なお、参加には事前申し込みが必要となります。(11月13日(木)締切)


*画像をクリックすると、ご案内をダウンロードできます

 卒業30周年記念事業のひとつであり、半田高校SSH事業でもあるアントレプレナーシップ講演会が「SSH成果発表会」とともに開催されました。本年度のアントレプレナーシップ講演会は47回生(平成8年3月卒業)が担当です。

 日 時 令和7年5月27日(火) 14時35分~15時25分
 演 題「ワクワク人生の作り方 ~自分が主人公の旅に出掛けよう~」
 講 師 小栗 有志 氏【卸売商社営業】
     田島 隆宣 氏【僧侶・教員】
     鵜飼 尚子 氏【小児歯科医】
 コーディネーター 磯貝 雄一 氏【花屋】

 講演の概要

 講演会では、まず講師それぞれが高校時代どんな生徒だったか等を紹介するところから始まりました。バスケ部と恋愛に一生懸命であったとか、自分の意思も弱く親のレールに敷かれた優等生であったなど、正直に楽しくお伝えいただきました。のちに転機を迎え、ワクワクした人生を送るようになったことについて、3人それぞれの経験と視点を語ってくれました。また、「フロー(Flow)」という心理状態についてサッカー漫画をとりあげながら紹介し、ワクワクした人生を送り続けることの大切さと、自分を幸せにできるのは「自分」しかいないという強いメッセージを講演いただきました。
 講演会終了後には、希望する生徒達と七中記念館にて座談会も行いました。47回生の皆様、ありがとうございました。

今年度からは、附属中学校の生徒も参加です。

 令和73月下旬に、半高42回生から令和74月に開校の愛知県立半田高等学校附属中学校で使用する「講演台と司会台」の寄贈があり、42回生常任幹事の山下浩城さんはじめ計4名によって納品されました。
 製作者の井土基寛さん(半高42回生・井土建設)から、木材選びには設置する体育館の壁や床に合う色であること、移動も固定もスムーズな仕組みのキャスター搭載であることなど、製作において大切にしたポイントなどをうかがいました。特に、講演台の正面にある鋳物の校章がとても立派で重厚感にあふれています。今後、附属中学校での式典や学校行事などで大活躍となりそうです。42回生のみなさん、ありがとうございました。

 補足1:42回生は、令和2年度に卒業30周年記念事業を行う予定でしたがコロナ禍であったため事業を行うことができませんでした。今回、記念品だけでも母校へ寄贈したいというあたたかい思いと申し出を受け、講演台と司会台の寄贈という運びになりました。

 補足2:井土基寛さん並びに井土建設様の「土」は、正しくは右上に点がつきます。

 令和7年228日(金)午前10時より、半田高校体育館において、令和6年度卒業生315名(第76回生)の柊会入会式が執り行われました。また、山下勇樹会長から幹事16名及び常任幹事4名に委嘱状が渡されました。

 山下会長からは、ご自分が大学1年生だった当時に東京柊会総会・懇親会に参加し、たくさんの半田高校を卒業した先輩方とつながりを持てたおかげで東京での一人暮らしも頑張れたというエピソードを紹介し、新しい一歩を踏み出す76回生に応援のメッセージと祝辞を贈り、柊会入会を歓迎しました。

 令和7年228日(金)、半田高校体育館において、第35回論文顕彰事業入賞者の表彰式が行われました。

 本事業は、半田高校卒業30周年記念事業として、平成2年度から始まり、今年度で35回目を迎えることとなりました。半田高校の卒業生に支えられる伝統的な事業の一つとなっています。

 この事業の主体は、柊会、半田高校、PTA、卒業30周年同窓生有志の皆さんです。今年度は半田高校第46回生を中心に実行委員会が組織されました。テーマは「私の天職」に決定し、12年生全員と3年生の希望者に応募の呼びかけをしました。

1年生149編、2年生101編、3年生2編、合計252編の応募がありました。令和7年112日に半田高校にて本審査が行われ、厳正な審査を経て入賞論文を決定しました。

 表彰式においては、第46回生代表榊原総一郎氏から賞状及び賞品が授与されました。また、その他の応募者全員に参加賞が贈られました。

 今回の論文顕彰事業を担当された半田高校第46回生の皆さんを始め、ご尽力いただいた多くの方々に心から感謝申し上げます。このホームページに、最優秀賞作品を掲載させていただきます。

<第35回在校生論文顕彰事業>

1.テーマ  「私の天職」

2.応募総数  252

3.入賞作品

最優秀賞
日下部ここみ(1-5) 「私の人生を変えた出会い」

優秀賞
吉用万利子(2-1) 「笑顔をふやしたい」
東原 広奈(2-3) 「私が伝えていけるもの」
小栗 琉楠(2-4) 「造園技師」

佳作
小川 真矢(2-3) 「読書で人を救いたい」
青木 飛龍(2-2) 「将来の「夢」と「天職」」
加藤そらり(2-1) 「天職探し中」
杉田 和奏(1-2) 「わたしの理想の大人
松村 奏汰(2-4) 「建築業の世界を捉えなおす」

特別賞
三石 望心(2-4) 「自分の夢のために」

最優秀賞

「私の人生を変えた出会い」   1年5組 日下部 ここみ

 「人生の分岐点」はいつですか、と問われれば、私は迷いなく「七歳のとき」だと答えるだろう。社会一般的には、まだ七年しか生きていない中で人生が分岐するなど早すぎると言われるかもしれないが、私は七歳の時、運命に出会った。その出会いで、私の小さかった世界が広がり、毎日が明るく、大人になるのが待ちきれないほどの夢を持つようになった。
 幼い頃から私は、動物が大好きだった。両親に犬と触れ合える場所へ連れていってもらったり、近くの野良猫を眺めたり、気が付けば動物を愛す毎日を送っていた。私の両親も動物が好きだった。私の父は競馬が趣味で、家族で競馬場へ足を運ぶこともあった。そのため姉も、馬がとても好きだった。その当時私は、競馬場へ行っても芝生の上に座るくらいで、特に興味はなかった。姉はとても楽しそうにしていたが、私は母と大人しく座っているだけだった。
 私が七歳のある日、姉が乗馬に行きたいと言って、三重県の某乗馬クラブに足を運んだ。今まで競馬場でポニーなどの小さい馬に乗ることはあったが、大型馬を目の当たりにすることは初めてだったので、その迫力が衝繁的だった。その日、姉とともに私も馬に跨った。普段自分が見ている景色よりもはるかに高く、広い景色が馬上から見え、私の狭かった世界が広がった感覚がした。想像以上の高さ、そして「生き物に乗る」という心地よさに衝撃を覚えた。自分の人生ががらりと変わったあの瞬間は、今でも鮮明に覚えている。
 それからの日々は、今まで馬に無関心だった日々とは取って代わって、馬を学び、馬を知り、馬と関わる毎日が始まった。馬に乗る姿勢や携わり方を学ぶために、今まで見なかった競馬も見るようになった。毎週末に乗馬も通った。家では本やインターネットで馬について学び、休日は競馬場へ家族とともに足を運んだ。七歳であった私のあの「一瞬の出来事」によって、毎日が楽しく、明るくなりどんどん馬へのめりこんでいった。毎日が新しい日々で、辛いことも悲しいことも馬とともにいることで吹き飛んだ。馬が大好きで、馬に毎日を支えてもらっていた。
 物心がつくにつれて、私は競走中に怪我を負ってしまった馬や病気によって出走取消してしまった馬について気にするようになった。詳しく調べていくと、重度な怪我を負った馬は安楽死措置がとられていること、病気は酷いものだと死に至ることなどがわかった。そして、馬の死を完全になくすことは「絶対無理」と言われるほどだということも知った。今までいわゆる競馬の「綺魔な部分」しか見てこなかった私は、この現実が衝撃的で、とても悲しかった。とはいえまだ小さい自分に何ができるのだと、大好きな馬を助けられない現実が苦しかった。どうすれば私も力になれるのか、この現状を変えられるのか、毎日考えていた。
 私はこの出来事から、「絶対無理」という言葉を変えたいと思うようになった。これは馬だけでなく、世の中に起こるすべてのこと、「絶対無理」と言って諦められていること、すべてのことである。可能性を信じずに途中でやめてしまっていいのか、本当に無理なのか、この「絶対無理」という言葉に抵抗を持つようになった。そして私は、「絶対無理」と言われていることに挑戦しようと思った。これが将来、馬を助けるための挑戦へと繋がると思ったからである。小学五年生の夏休みの宿題では、夏休み前に「百ページやる」と宣言し、提出日前日までかかったものの成し遂げることができた。また自由研究では五つ以上もの研究に取り組み、クラスメイトを驚かせた。このように「絶対無理」を変えるために挑戦し、成功することで得られる達成感、失敗から学ぶ反省、すべてを実感し、私には将来の夢ができた。それは、一頭でも多くの馬を助け、今まで私を助けてくれた馬へ恩返しすることである。この夢は、七歳だった私が馬に出会わなければ見つけられなかった、私の「天職」である。あの日、あの時、馬の魅力を知って、私の狭かった世界が広がった。そして数年後、悲しい現実を知ったことで「絶対無理」を変えたいという価値観が生まれた。さらにそこから、馬に携わり、恩返しをしたいという気持ちから私の「天職」を見つけた。あの人生の分岐点が無ければ生まれなかった、運命の出会い、まさに馬に携わる仕事は私の人生そのもの、「天職」である。
 将来の夢を見つけた私も、すべてが上手くいったわけではなかった。馬に上手く乗れずに苦戦し、一度は馬が怖くなったこともあった。将来のために、夢を実現するために取り組んだ勉強も、理解できずに苦しむことも幾度となくあった。それでも、絶対に叶えたいという夢が、どん底に落ちたわたしをいつでも引き上げてくれた。一度決めたことはやり切りたいから、必ず夢を叶えたいから、簡単な道よりも困難な道を選択してきた。夢を信じ、途中で諦めない、一度決めたことはやり遂げるという信念が大切であるということに、苦戦を通して気づくことが出来た。
 そして近年、社会が大きく動き出した。今まで明かされていなかった「競走馬の引退後の道」が公に知れ渡るとともに、引退馬支援の輪が広がるようになった。競走馬の安全のための競走時間の夕方への移行、馬行事の緩和なども行われるようになった。時代とともに、馬にも優しい社会へと変化している。十年、二十年前よりもはるかに馬が暮らしやすい環境が整っている。しかし、これらはまだ完全ではない。今日もどこかで、苦しんでいる馬がいるかもしれない、怪我で脚を痛めている馬がいるかもしれない。私はこれらの馬を一頭残らず助けたい。「一頭残らず」を「絶対無理」とは言わせない。この社会に「絶対無理」はない、ということを私が証明したい。それが今まで私を助けてくれた馬への恩返しとなったら、どれだけ良いものか。変化していく時代だからこそ、その変化を良いものにしたいし、変化に応じて挑戦する気持ちを高めていきたい。十五歳の私には、挑戦が足りていないかもしれない。困難な道に怖くて進めていないときもあるかもしれない。それでも「天職」を実現するために、挑戦を惜しまない日々を送りたい。
 私は将来、必ず、一頭残らず馬を助ける。七歳で運命の出会いを迎えることが出来たからこそ、世界が広がり、絶対に叶えたい夢を見つけることができた。十五歳だから「まだ何もできない」ではなく、変化に対応して「絶対無理」をなくす挑戦をしていきたい。私の価値観を形成し、夢を与え、私の毎日を挑戦の日々に変えてくれた「馬に携わる仕事」は、まさに私の「天職」と言えるだろう。

                               参考文献・資料 なし

講 評

論文顕彰を終えて

 「私の天職」というテーマは、自己探求や人生の選択について深く考えるきっかけになります。特に、人生の岐路に立ったときに自分自身と向き合うことは、成長や自己理解を深めるために非常に重要です。
 在校生の皆さんにとって、変化の激しい時代に自分の道を見つけるのは容易ではありませんが、過去の経験を振り返ることで天職を見つける手助けになればと思い、今回のテーマを設定しました。
 論文を通じて、皆さんの思い出や興味に触れ、自己分析を行う姿勢に多くの刺激を受けました。これからの人生で多くの経験を積み、心に描く未来が変わることもあるでしょうが、その過程も貴重です。皆さんが自分の道を見つけ、輝かしい未来を築くことを願っています。
 ありがとうございました。

 高石 環 

(柊陵第68号 第35回在校生論文顕彰事業より)

 加藤貞夫元校長が、令和7(2025)113日(月)に永眠されました。92歳でした。

 加藤貞夫先生は、昭和324月に半田高校で愛知県の教員として第一歩を踏み出され、クラス担任や生徒指導主事、教頭を務められました。平成24月には半田高等学校長に就任、特に「在校生論文顕彰事業」の立上げに12回生様と一緒に尽力されました。

 心より哀悼の意を表するとともに、皆さまに謹んでお知らせ申し上げます。

 ※葬儀はすでに執り行われております。

 こちらに、令和2年(2020年)に叙勲を受けられた際の記事を紹介いたします。

 柊会東北支部「総会・懇親会」が開催(128日)されました。

 糟谷昌志支部長(37回生)のもと、愛知より山下勇樹柊会会長(30回生)をお迎えして、仙台のホテル白萩にて開催されました。
 出席者は8名ですが、今回も少人数だからこその和やかな語らいになりました。
東北在住卒業生、上は15回生(79歳)から下は61回生(33歳)まで、世代を超えた親睦の場となり、母校とふるさとの知多半島を偲びながら、有意義で楽しいひとときとなりました。
 昨年同様に対面開催となり、再会の喜びや近況の語らいで盛り上がりました。
 出席者数はまだ少ないですが、欠席のご連絡をして下さった方が増加するなど、着実に東北支部の人脈・連携が充実してきております。
 今回ご欠席の方も、ぜひ来年、年代・性別を問わず、母校を同じくするもの同士の忌憚のない和やかな友好のひとときを共に過ごせたら幸いです。

                               (文責)                              
                                柊会 東北支部
                                幹事 早川公康(42回生)

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