Author Archives: 牧野 満@柊会HP管理人

 令和4年6月29日の官報告示(号外140号)によって、七中記念館が国の登録有形文化財(建造物)として正式に登録されました。
 半田高等学校100周年記念で多くの方々のご支援によって改修された七中記念館が、身近な文化財として愛され、末永く学校や地域で活用をされることを柊会としても期待しております。

 ・令和4年6月29日官報(号外第140号)
 ・七中記念館の国登録有形文化財(建造物)について

 

正面外観(南側):装飾が施されています
天井:丸鋼を使用したトラス構造玄関:当時の窓枠をそのまま保存
 
現在:授業などに使用されています 

本日6月9日、当柊会ホームページのメンテナンスは終了いたしました。
デザイン等変わったところはございません。
まだ若干の手直しがありますが、アクセスに問題はありません。

今後とも柊会ホームページをよろしくお願いいたします。

 卒業30周年記念事業のひとつであり、半田高校SSH事業でもあるアントレプレナーシップ講演会が、本年度は「SSH成果発表会・アントレプレナーシップ講演会」と題して開催されました。本年度のアントレプレナーシップ講演会講師は44回生(平成5年3月卒業)です。

 日 時 令和4年5月25日(水) 14時15分~15時15分
 演 題「人生を科学する ~人生、因数分解したら見えたこと~」
 講 師 奥野 秀夫 氏【日本M&Aセンター】
     豊来家幸輝(ほうらいやこうき)氏【太神楽曲芸師、本名:北岡啓孝】
 司会進行役 喜餅(きもち)氏【英語落語家・パブリックスピーカー、本名:澤田法人】

 講演の概要

 本年度は、1年生は体育館で直接講演を聞き、2、3年生は各クラスでオンライン配信にて講演を聞くといったハイブリッド形式での開催となりました。
 講演会では、数字での評価が避けられない現在について、また、学歴や肩書きではない実力主義について、英語力についてなど、講師のこれまでの波瀾万丈な人生経験や現在の状況を交えて楽しく講演がすすみました。特に、自分の好きなことや夢中になって行っている活動、またどんな経緯にしても今取り組んでいることに対して、自信をもって他人に話ができるような取り組み姿勢や表現力が大切だという、現在の半高生にむけた力強いメッセージを届けて下さいました。
 

講演会冒頭で、講師の豊来家幸輝さんにより、日本の伝統文化である太神楽を披露していただきました。和傘の上で鞠や金色の枡がくるくる回ったり、落ちれば割れてしまう土瓶を口でくわえた木の棒の上でグルッと回転させたり、日本文化に触れる貴重な時間となりました。

 5月下旬に郵送いたしました会報「ひいらぎ」第21号にてお知らせの通り、柊会会員専用ページを開設いたしました。
 専用ページに入るためのユーザー名とパスワードは、会報「ひいらぎ」第21号5ページをご参照下さい。
 アクセスするには、ホームページの左側のメニューの下の方の「会員専用ページ」のボタンか、当ページの下のリンクをクリックしてください。
もしくは会報「ひいらぎ」第21号5ページに記載のURLを入れてアクセスしてください。

なお、柊会総会の議決権行使も会員専用ページで行っております。
アクセス集中で繋がりにくいこともあるかもしれませんが、その際はお時間をずらしてアクセスしてみてください。

皆様のアクセスをお待ちしております。

会員専用ページ

東京柊会第15回総会・懇親会の開催延期について 
 ~関東エリアの同窓生の皆様へ~

 東京柊会では、東京・関東近県にお住まいの同窓生が交流を深める場として、総会・懇親会を3年に1度開催していますが、2021年度に予定されていました第15回総会・懇親会は開催を一年見合わせてきました。
 しかしながら、新型コロナウイルスの感染状況は、相変わらずその先行きを見通すことが困難な状況が続いています。こうした状況の下では、ご高齢の方から学生の方まで多くの会員が一堂に会して懇親する機会を持つことは、リスクが多く拡大防止の観点からも避けるべきだと判断いたしました。
 したがいまして、東京柊会第15回総会・懇親会は、2022年度の開催を再度見合わせることといたします。
 2023年度以降に感染状況が回復する場合には、速やかに総会・懇親会を開催するように検討いたします。
 お会いすることを楽しみにしていただいている皆様にはまた残念なお知らせとなってしまいましたが、どうかご理解をいただきますようにお願い申し上げます。
 開催をご案内できる日が一日も早く来ますことを心から願っております。

1. 東京柊会第15回総会・懇親会の開催が決まりましたら、柊会ホームページでご案内いたしますが、パソコンやスマートフォンの不慣れ等により、郵送での開催案内を希望される方は、会報に同封した「ハガキ」に〇を付けてご連絡ください。
2. 前記の郵送による開催案内の要・不要については、会員専用ページからも回答できます。(会員専用ページについては、会報5頁をご覧ください。)

                         東京柊会役員一同

 柊会総会は、3年毎に開催することになっており、令和3年度がその年に当たっておりましたが、コロナ禍のため、会員の皆様のご理解をいただき、1年延期とさせていただきました。
 第22回柊会総会につきましては、令和4年8月21日(日)に開催いたします。
 しかしながら、今後の新型コロナウイルスの感染状況を見通すことは大変困難であることにかんがみ、今回は、参加人数を制限するなどの万全なコロナ対策を講じたうえで、総会のみを実施することといたしました。
 また、総会においては、役員改選などの重要な議案を予定しており、広く会員の皆様のご意向を伺うため、総会参加の有無にかかわらず、会報に同封した「ハガキ」又は「インターネット」による事前の議決権行使をお願いしております。当日の議決権行使はできません。
 なお、会員相互の親睦・交流を図るうえで大変重要な懇親会については、新型コロナウイルスの状況を見極めて、令和5年度以降の開催を検討いたします。懇親会を開催する場合には、柊会ホームページでご案内いたしますが、パソコンやスマートフォンの不慣れ等により、郵送での開催案内を希望される方は、会報に同封したハガキに〇を付けてご連絡ください。

1 日 時 令和4年8月21日(日)
       14時30分から 受付
       15時00分から 開始

2 場 所 七中記念館(旧愛知県半田中学校武道場)
       〒475-0903 愛知県半田市出口町1-30(半田高校)
       TEL 0569-21-0272

3 参加人数 先着70名程度。なお、会費は不要です。

4 議事内容(詳細は、会員専用ページをご覧ください。)
   第1号議案 規約の一部改正について
   第2号議案 役員改選について

5 その他
  (1) 第22回総会への参加申込、議決権行使及び来年度以降の懇親会の開催案内については、
   会報に同封した「ハガキ」又は「インターネット」で回答できますが、可能な限り
   「インターネット」での回答にご協力ください。
   いずれも8月1日(月)までに到着するようお願いします。「ハガキ」は、お手数ですが63円切手を貼って
   投函してください。
  (2) 総会参加人数は、感染拡大防止の観点から、先着70名程度とさせていただきます。
  (3) 総会の様子をオンラインにて配信予定です。詳しくは柊会ホームページをご参照ください。

6 総会の参加申込および議決権行使などは、会員専用ページで回答できます。

(会員専用ページについては、会報5頁を参照してください。) 

令和4年4月24日(日)13時30分から、「令和4年度柊会常任幹事会」が七中記念館にて開催されました。新型コロナウイルス感染予防の観点から、資料を常任幹事の皆様へ郵送し、事前の議決権行使をお願いしました。また、当日は、マスクの着用、アルコール消毒、席の間隔を確保するなど万全の感染防止対策を実施するとともに、YouTubeによるオンライン配信(常任幹事限定)も行いました。
出席者は、常任幹事17名、役員9名、事務局4名であり、議事の内容は、次のとおりです。

1 常任幹事会の構成員(規約第11項)
  役員及び常任幹事   215名
  うち議決権行使者   141名

2 決議事項及び議決権行使の状況
                               賛成    反対
(第1号議案)令和3年度事業報告                141    0 
(第2号議案)令和3年度各会計決算報告及び会計監査報告     141    0
(第3号議案)令和4年度事業計画                141    0
(第4号議案)令和4年度各会計予算               141    0
(第5号議案)規約の一部改正について              141    0
(第6号議案)役員改選について                 140    1
(第7号議案)第22回柊会総会の開催について           139    2

 以上のとおり、各議案は、過半数の賛成をもって、原案どおり承認可決されました。

3 報告事項
 〇七中記念館(旧愛知県半田中学校武道場)の国登録有形文化財(建造物)の登録答申について
 〇2023年版(第12号)柊会名簿作成について

4 その他
 〇県立高等学校への併設型中高一貫校教育制度の導入の可能性の検討について

また、常任幹事会終了後、生徒によるピアノ演奏がありました。連弾で2曲披露していただき、七中記念館にひろがるピアノの音に包まれ、和むひとときを過ごすことができました。

○令和4月3月18日付けで、国の文化審議会は、旧愛知県半田中学校武道場(七中記念館)の「登録有形文化財(建造物)」の登録について、文部科学大臣に答申しました。
今後、夏頃までには、官報告示を経て、正式に登録される見込みです。

〇答申の内容

  1. 員 数 1棟
  2. 所在地 半田市出口町1丁目30
  3. 所有者 愛知県
  4. 名 称 旧愛知県半田中学校武道場(七中記念館)
  5. 形 式 鉄筋コンクリート造平屋建、瓦葺
  6. 大きさ 建築面積 275㎡
  7. 建設年代
    • 1924(大正13)年 
    • 1950(昭和25)年改修
    • 2018(平成30)年改修
  8. 登録基準 造形の規範となっているもの
  9. 概 要 校地の中央北寄りに建つ鉄筋コンクリート造の旧武道場。半切妻造(注)桟瓦葺で、西正面に切妻造玄関突出部を設ける。縦長窓や柱頭飾り等で外観をまとめて時代相を示し、現愛知県立半田高等学校の長い歴史を語る。

   (注)半切妻造・・・切妻屋根の両妻頂部を切り取りこの部分を寄棟にした屋根

〇平成30(2018)年の半田高等学校100周年記念事業において、皆様方の多大なご支援により旧愛知県半田中学校武道場(七中記念館)は整備されました。現在、生徒の授業や部活動、講演会などに利用されております。

〇なお、愛知県立高校において、これまで国の登録有形文化財(建造物)に登録されているものは、門柱などの工作物が13か所ありますが、今回、半田高校の七中記念館(旧武道場)と瑞陵高校の感喜堂(旧講堂)の2か所が答申されており、建築物として登録されることになるのは、これが初めてとなります。

令和4年2月28日(月)に半高43回生の卒業30周年記念事業における記念品贈呈がありました。柊会会長、校長、生徒会長、43回生代表とともに除幕式を行い、体育館舞台上で使用する「演台と花台」を在校生へ披露しました。

○記念品の内訳

・演台と花台

 木材は全てウォールナットで製作されたオリジナルの演台。コロナ禍で引き起こされた「ウッドショック」の中、良質な材料にこだわった天板もウォールナットの一枚板で、木の温かみと重厚感が漂っています。以前の演台は移動用のキャスターがついておらず、使用する際には持ち上げて移動するのが大変だったそうですが、今回はキャスターをつけていただけたので、移動も楽になったと学校側にも好評です。揃いの花台天板には、これまでの花台天板に使用されていた大理石を再利用、研磨されて輝きが復活していました。

無事卒業式に間に合い、早速使用していただけたそうです。43回生の皆さん、素敵な記念品をありがとうございました。

 令和4年2月28日(月)、半田高校体育館において、第32回論文顕彰事業入賞者の表彰式が行われました。

 本事業は、半田高校卒業30周年記念事業として、平成2年度から始まり、今年度で32回目を迎えることとなりました(昨年度31回はコロナ禍のため中止)。半田高校の卒業生に支えられる伝統的な事業の一つとなっています。

 この事業の主体は、柊会、PTA、卒業30周年同窓生有志の皆さんですが、半田高校第43回生を中心に実行委員会が組織されました。今年度のテーマは「多様性や世界を考慮した、わたしの暮らしと社会」に決定し、1,2年生全員と3年生の希望者に応募の呼びかけをしました。

今年度については、生徒諸君にはできるだけ電子データによって提出をしてもらいました。1年生216編、2年生159編、合計375編の応募がありました。審査については、今年度コロナ禍であることを考慮し、43回生による1次審査を新たな試みとしてオンラインで行いました(~12月4日)。次いで、2次審査を12月26日に行い、本審査対象論文を27編までに絞りました。最終の本審査は、1月23日に半田高校にて、43回生、教職員が27編すべて読み評価し、その中から厳正な審査の結果、以下のように入賞論文を決定しました。

 令和4年2月28日に開催された表彰式においては、第43回生代表工藤浩司氏から賞状及び賞品が授与されました。また、その他の応募者全員に参加賞が贈られました。

 今回の顕彰事業を担当された半田高校第43回生の皆さんを始め、ご尽力いただいた多くの方々に心から感謝申し上げます。

1 テーマ  「多様性や世界を考慮した、わたしの暮らしと社会」

2 応募総数 375編

3 入賞作品

     最優秀賞 「当たり前じゃないのかもしれない」

     優秀賞  「「無意識の差別」を乗り越えて」
          「現代の「違和感」を未来の「当り前」に」
          「共感しないが理解する、理解したから反対する」

     佳作   「多様性のある世界」
          「今求められていること」
          「「ちがい」を認めるには」
          「多様性を考慮するとは」
          「未来の暮らしの「あたりまえ」を変える」

     特別賞  「他者を尊重するために」

講評
論文顕彰を終えて
今回の論文のテーマ「多様性や世界を考慮した、わたしの暮らしと社会」について、これは、なかなか難しいテーマで、すぐに解決が導き出されることではありませんが、みなさんの論文を読むことで、私たち世代と比べて、今の若い人たちは、かなり柔軟な考えをもっていることを気づかせてくれました。ただ、少し気になる点としては、多様性=LGBTの発想に偏りがみられ、視点としての多様性が持てていないということでしょうか。この先は、人それぞれの多様性もそうですが、個人一人一人の中にも多様な視点が必要とされますので、永遠の課題として、持ち続けていただければと思います。(工藤浩司)
(柊陵第65号 第32回在校生論文顕彰事業より)

最優秀賞
当たり前じゃないのかもしれない

 3年前。テレビを見ていると信じられないニュースが目に飛び込んできた。「大学医学部の入試で女子や浪人生に対して減点する不正な得点操作が行われ、その後の調査で他の複数の大学においても同様のことが行われていたと発覚」。そのとき僕は中学1年。家庭では兄の大学入試も話題に上る頃だったので、なおさら気になったのを覚えている。性別などによる差別的な扱いが大学入試という公式な場において行われていたと知った僕は衝撃を覚えた。「あり得ない・・・」。しかも、このあり得ない事態が他の大学でもあったということは、このような性差別の感覚が「極めて異質な例外で稀なもの」ではなく、「前の時代から根深く残っているもの」であることを表している。教科書に出てくるような「女は~」という感覚が社会に未だ根付き、その精神が物事を決定する要因となることがあるという事実。僕はそこに憤りを覚えたのだ。
 世界はグローバル化により物理的距離さえ少しずつ縮まっているように思う。交通移動の時間は発展とともに短縮。コストも下がって気軽さが増している。情報のスピードは更に加速している。全世界を一瞬で駆け回る情報。中には有益なものも、フェイクニュースも混在しているが、僕たちはその中で暮らしている。しかもSNSで様々な人々が対等に情報発信できるようになっている今、多様性というものをかつてより自覚しやすい世の中になってきている。そんな時代にも関わらず、一方では先に述べたような性差別が未だ横行していることを考えると、まさに今が文化が成熟へと向かう過渡期なのだと思う。
 人は「当たり前」と思うことがそれぞれ異なる。国や文化によりそれらは多様なはずだ。この日本という一つの国だけを見ても、生きてきた時代でも違うだろうし、個々により様々だろう。前述のニュースも、世代間ギャップというのだろうか、両親は「あるだろう」と口にした。しかし、僕や兄にとっては信じられない感覚だ。「女性は~だから」という感覚がそもそもない。教科書で学んだ「かつての封建的時代の頃、女性は~」「男女共同参画社会を目指して~」やらは、とっくに過去の話だと思っていたのだ。
 しかし、父の子どもの頃の話を聞くと一世代前とは思えないような当時の「当たり前」がよく登場した。現在と同じ国とは思えないほどの違いを感じた。そしてその人と同じ時代を生きているという事実が、世代間による違いを認めて生きていかなければならない世の中だと僕に感じさせた。
 父が子どもの頃育ってきた環境と現在では全く違う。両親が努めて健全に築こうとしてきたという家庭環境は僕の「当たり前」の土台をつくってきた。僕は「男らしく」やら「男たる者」やらの性別によるあるべき姿の話をされたことがない。代わりに「人として」ということはたくさん教育を受けた。僕の両親は共働きで、家事も二人で協力して行っている。どちらが偉いとかそういう位置関係はなく対等だと思う。「女だから」「女なのに」といった台詞を聞いたことのない僕にとって、「家事は女が行うもの」などといった感覚は最初からなく、学校の勉強の中で聞いた、見たことさえない「かつての文化」なのだ。それが「当たり前」の環境で育ったことが僕の「当たり前」の感覚をつくったのだろう。自分から見たとき、前述のニュースは「当たり前」ではなかった。違和感しかなく、なぜそうなるかさえ分からない状態だった。
 改めて僕の「当たり前」を育んだ我が家を振り返ってみると、いわゆる多様性が日常に溶け込んだ生活の中にいたことに気づく。祖母は1級障がい者で、持病のリウマチにより関節各所が溶け、変形してしまっている。また、父は血管腫という大きな痣が顔面にあり、人によっては奇異に映るかもしれない。こうした環境が「当たり前」として育った僕にとって、障がいをもつ方に対して差別や偏見なく受け入れ接することなど当然なのだ。両親は学校勤務のため、時折見聞きするそうした差別を危惧していたようだが、僕自身にとってはそんな差別的な扱いをする人が本当にいるのかと驚くほど、僕にとってはありえないことだった。他にも、外国人の友達もいたが、外国人として意識したことは一度もなく、そういうものだと思ってこれもまた「当たり前」のこととして受け入れていた。外国人差別のような扱いをする人は周囲にもいなかったし、差別的に扱うなど考えられず、「本当にそんなことをする人がいるのか」と疑わしく思えてしまうほどだった。
 ところが、ニュースのような感覚が、僕自身にはなくとも未だ残っている社会であるということだろう。その人達とも共存していかなければならない。多様性を当たり前として受け入れ、尊重する世の中である必要性が益々高まっていくだろう。その中で、受け入れがたいこのような考え方に出会ったときも尊重はしていかなくてはならない。ただし、「尊重」とは「全て肯定すること」とは違うはずだ。「人間を受け止め、受け入れ、大切にすべきは大切にするが、異なり調整すべきところは話し合って結論を導く」これがグローバル化により多様性の加速する社会における「尊重」の態度だろうと思う。尊重しつつも、より成熟した個人、社会となるようにコミュニケーションのとれる人間を目指さなくてはいけないと思う。
 ところで、先ほど述べたように、育った環境によって「当たり前」が身につき、その「当たり前」がどのようなものであったかによって人の感覚は決定づけられているところが大きいと思われるが、こうした前の時代より幾分成熟して進歩した社会の中で育ってきた僕にとって、今後必要となる大きな課題があることも自覚している。
 それは、用意され与えられた環境で身につけてきた「当たり前」を、今度は与えられるのではなく、自分の手でつかみ取っていかなければいけないということだ。例えば、父のように封建的な時代に生きた「先人」が「当たり前」を思考停止して終わらせず、より成熟した考えを具現化して僕の環境として与えてきたように、今度は僕自身が自分の「当たり前」を見直し、よりよい「当たり前」を次の世代に受け渡す役割があるということ。「当たり前」を見直して、自分を「更新」し、それを「当たり前」として次の世代に渡していくことはとても難し事だと思うけれど、やらなければいけない使命だと思う。
 「当たり前」だと思っているこの僕の感覚は「当たり前」じゃないかもしれない。「当たり前」だと思っていたこの「当たり前」が用意され、与えられてきたことは「当たり前」ではなかったのかもしれない。多様性の尊重ができる成熟した社会をつくる個人であるために、若い僕のこれからできること。「当たり前」を更新していくこと。意識して生きていきたいと思う。